一青妙 HITOTO TAE

Essay

2021.11.15

石見銀山と九份の繋がり

台湾 日本
出雲空港


週末はお仕事で島根県にお邪魔していました。
目的地は、大田市。



サイクリングで石見銀山へ
石見城跡

ここには、2007年にアジア初の鉱山遺跡として世界遺産に登録された石見銀山があります。
2日間かけ、石見銀山を中心に、その周辺の街などを巡り、撮影を行ってきました。

心配されていたお天気も、神有月のパワーのおかげか、晴れ間が覗く、とても気持ちの良いサイクリング日和となり、綺麗な紅葉を楽しむこともできました。

大久保間歩内部
鉱脈

一番の目的地は石見銀山最大の坑道跡”大久保間歩”。
大久保間歩は、坑道内の環境維持のため、毎年3月から11月までの限定公開。人数制限もされ、ツアーに参加しないと中に入ることはできません。
岩肌から、江戸時代の手掘りと明治時代の機械掘りの違いや鉱脈の見つけ方などなど、
石見銀山課の方からの解説を伺いながら、坑道を見ることができ、とても勉強になりました。

藤田組の法被
瑞芳鉱山事務所の写真

日本最大の石見銀山は、明治時代に入り、藤田伝三郎が起業した「藤田組」が開発を続け、近代的な清水谷製錬所も建設しました。
私の父の一族は、九份や瑞芳の金鉱山を経営してきましたが、いずれも、戦前に藤田組が開発した鉱山でした。
実はとても深い繋がりのある石見銀山と九份。
九份の坑道に入ったときのことを色々と感慨深く思い出しました。

大久保間歩前で
九份の坑道前で

藤田組によって開発された石見銀山と九份。
石見に足を踏み入れた途端、私の脳裏には懐かしさとともに、父の故郷、台湾の九份の景色が自然と浮かびました。
深い山のなかにひっそりと開かれた炭鉱。青い空。ほのかに漂う海の香り。
あの時代、大地から掘り出される鉱物によって、産業振興を支え、栄華を極めた土地が、いま同じように、人々に歴史を学ぶ観光地として生まれ変わっています。
そんな二つの土地をつなぐような役割を、台湾の九份を開いた顔家の血を受け継ぐ私が果たせたら、今そんな風に思っています。

島根で美味しいものもたくさんいただきました。
それは、また次回ご紹介しますね!

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