一青妙 HITOTO TAE

Essay | エッセイ・ブログ記事

2025.04.10

のと鉄道「震災語り部観光列車」の旅

石川県 日本

4月6日から定期運行が始まった「のと鉄道 震災語り部観光列車」。運行初日にさっそく乗車してきました。

ところが、列車は乗車時間になっても七尾駅に現れない……。実は前の駅を走行中の車両にちょっとしたトラブルが起き、途中で点検作業に入っていたのです。
「大変申し訳ありません。今日はもう語部観光列車の運行はできないかもしれません」
「払い戻しはどうなりますか?」「金沢まで帰れますか?」「振り替えはないんですか?」
出発地点の七尾駅で乗客とこんなやりとりが行われ、駅員さんたちは対応に追われて大変そう。
私も、せっかく東京から来たのに残念……と諦めかけていたところ、”車両点検が終わって運行できる”との一報が入り、急遽、七尾から和倉温泉までタクシーで移動することで、無事乗車することができました。

「震災語り部観光列車」は、語り部の方がご自身の震災体験や沿線の景色、見どころを、穴水から七尾までの1時間弱の列車の旅のなかで紹介してくれます。
使用する車両は、シートが茶色の「里山号」とシートが青色の「海山号」。車内には、輪島塗や和ろうそく、能登上布、珠洲焼など、能登の伝統工芸品が展示されています。特に、座席間のパーテーションに、くぎを一本も使わずに細かい木を組み合わせる精巧な組子細工「田鶴浜建具」を使っており、とても美しく見応えがあり、まるで動く能登美術館のようでした。

七尾から穴水までの間は6駅——和倉温泉、田鶴浜、笠師保、能登中島、西岸、能登鹿島——あり、カキの養殖場、黒い瓦屋根の家が連なる「中島漁港」、パワースポットの「鹿島神社」、地震でびくともしなかった「ボラ待ちやぐら」などなど、それぞれの地域の特徴を語り部の方が解説してくださいます。

前日から気温も少し上がってきたので、能登にも桜前線の足音が近づいてきています。通称「さくら駅」と呼ばれている能登鹿島駅の両側には、たくさんの桜が植えられており、今週末には桜のトンネルになるとか。すでに、少し咲き始めた桜を見ようと、ホームに家族連れやカメラを持った人たちがいました。
穴水駅近くの乙ヶ崎隧道内は”トンネルイルミネーション”が施されています。これは、沿線に工場が立地する村田製作所の協力で設置できたとのこと。「のとはやさしやつちまでも」の文字と共に、語り部の方々が願ったトキが羽ばたく姿が浮かび上がっていました。能登弁で「ほんならね、また来てくだいね、まっとんね」と語り部が乗客に向けて最後の挨拶をして、旅は終わります。

何事もなかったのように美しく広がる青い空と海の景色の中に、地震で被災した家屋がまだそのまま残っているところもあれば、改修中の建物もあり、今の能登半島の姿を目の当たりにしました。「家族と防災について話し合い、心得を相談してください」「自分の命、家族の命、周りの皆さん方の命を守って、大切になさってください」語り部の方々による当事者ならではの説得力のある言葉が、私の胸の中に一つ一つ深く刺さりました。

能登半島には多くの伝統文化があります。伝統の保存と継承といっても、簡単に解決できるようなことではありません。伝統と同様に、震災体験を語ることは後世の未来につながることでもあり、「のと鉄道 震災語り部観光列車」の存在意義はとても大きく、重要だと感じました。現在の語り部は宮下左文さんと牛上智子さん、坂本藍さんの3人です。昨年(昨年は団体のみ)から週末になると震災語り部観光列車に乗り続けてきたお三方に、改めて敬意を込めてお礼申し上げます。

share