一青妙 HITOTO TAE

Essay | エッセイ・ブログ記事

2023.05.14

日台稲門会での講演

講演 台湾 日本
講演会場の早稲田奉仕園

4月のことになりますが、日台稲門会の春季講演会で講演の機会を頂きました。

日台稲門会とは、早稲田大学の校友を中心に、「台湾」をキーワードにできた、台湾Loveな方々が集う会。
これまでにも、謝長廷駐日代表や小笠原欣幸東京外国語大学名誉教授など、台湾と関わりの深い方々が講演されてきました。

実は私、早稲田とはちょっとしたご縁があります。
というのも、通っていた学習院女子中・高等科から徒歩圏内に早稲田大学があり、私の通学路の一部でした。
また、私の父は早稲田大学鉱山学科を卒業しているので、OBということになります。
(ちなみに、私は早稲田大学理工学部を受験しました)
かつての通学路の風景に比べ、だいぶ変わったところもありますが、思わず「ごきげんよう」という懐かしい気分になりました。

1954年の卒業式で大隈講堂の前に立つ父

講演タイトルは「日台関係の未来と台湾アイデンティティ」。
なんだか大きなテーマですが、日本統治時代に生まれた台湾人の父をモデルケースに、当時の人たちがどのように「日本」「台湾」「中国」を捉え、どのように「自分」との折り合いをつけたのか……。そんなことを、家族史と共に話しました。

日本に留学し、日本人として日本で生きてきた父。
ある日突然、「あなたは日本人ではありません」と言われたら、どう思うでしょうか。

1984年11月10日に開催された鉱山学科30周年記念の集まり

父が残したアルバムには、早稲田大学時代のものがたくさんあります。
1984年の亡くなる直前には、最後の気力を振り絞り、早稲田大学のOB会に参加しました。
最期まで、アイデンティティーに悩み、揺れ動く日本と台湾に翻弄されてきた人生だったと思います。

終戦から断交を経て、日本と台湾の距離は近づいたり遠のいたりを繰り返してきました。
そして今は、父が生きていた時代から大きく変化しています。
現在の日台関係を父がどのように思うのか、想像せずにはいられません。

早稲田大学台湾留学生会のみなさんと
みんなで唄おう!早稲田大学校歌

会場には、WTSA(早稲田大学台湾留学生会)の大学生たちや早稲田大学のOB含の方々、台湾在住歴20年以上の方など、台湾と縁のある方がたくさん来て下さいました。
WTSAの皆さんは、本当に優秀で、これからの日台交流を担っていく若者の姿に期待せずにはいられません。

講演会後には、日台交流の集いが開かれました。
集いの最後には、早稲田大学校歌を歌うシーンがあり、懐かしいメロディーを聞きながら、テレビにかじりつき、早慶戦に見入っていた父の姿が思い出されました。

台湾の実業家には、早稲田出身の人が少なくありません。台湾にも台湾校友会や台北稲門会があり、年に一度、台湾で総会を開くとか。
改めて、日本と台湾がさまざまな形で繋がっていることを知りました。

みなさん、ありがとうございました。

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